3.異世界-2
そして、暗闇になった。
「ちょっと誰か、明かり持ってない?」
焦ったような美亜の声がした。
「持ってるわけないだろ」
周の声は不機嫌で、
「困ったなあ……」
「何も……見えないね」
不安に手を握り合う秦と麻耶。
「サバイバル。諦めてはいけません! 何かあるはず。手探りでも進むしかありません!」
瀬奈は意味不明なことを力説している。
と、美亜は気付いた。何かいうはずなあの背の低い少年――巧みが、一言も発していないことに。
変だな、と思いながら視線をやるが、辺りは真の闇、夜目も利かない美亜には何も見えなかった。
一方の匠は、“あるモノ”を探している真っ最中だった。
(あれー……どこだ? 確か、あったはずなんだけど……)
シュッ、とするような音がして、ぱっと火の粉が散った。炎が灯り、匠の得意げな顔が照らし出される。
「マッチ〜」
「うわー、ありがとー」
美亜が匠に近寄り、マッチの箱を受け取った。これで少しはしのげる、感謝感謝だね……って、あれ?
「匠君……どうして、そんなものを持っているの? 学校には必要ないよね……?」
「ゲ」
しまった、という顔をする匠。美亜はさらに言いつのる。
「へえ〜。そうなんだ〜。君は不必要なものを学校に持っていっていたんだね、
五十嵐匠君!?」
「ウ……」
「とにかく、没収」
匠が持つ一本を奪い取る砂に落とすと、美亜はそれを踏みつけた。どうせもうあと残りわずかな炎だった。あっという間に絶えた。
「ああ…………」
「理由は訊かないけどね」
「あ……う……」
語彙力のない匠は反論する術もなく、口をパクパクさせ続ける。新たな一本をすった美亜が一同を見渡した。
「さて、どっか落ち着ける場所、探そっか」
とは言っても、マッチ一本ばかりの火ではろくに者が見えない。十秒ほどの思考の後、美亜は決心した。
「私が探しに行くから、皆はここで待ってて」
「え〜!? 俺も行くよ!」
「君は駄目」
と匠が名乗りを上げるが即却下され、
「分かりました」
正体不明の決心を瞳に映す瀬奈が素直に頷き、
「早く帰ってこいよ」
やはり一番最年少である周が不安に口をすべらせる。ここぞとばかりに匠が言いがかりをつけた。
「ん〜? 周君、怖いのかい?」
「こ、こわくなんかない……ぞ」
勇気を振り絞って言い返す周に、匠はさらに言いつのる。先ほどの美亜の言葉で落ち込んでいたので、その鬱憤を晴らすかのようだ。
「怖いんだろ? そうだろ?」
「う、うるさい!」
「隠さなくても良いのにねぇ、周ちゃん?」
「うるさいって、言っているだろう!」
「かーわいい」
それまで傍観していた双子は顔を寄せ合い、
「麻耶、この場合って……」
「うん」
それ以上何も言わずに、言い争う二人を見つめ続ける麻耶を見、秦は心の中で溜め息をつく。
(麻耶に任せよう……美亜さんもいるし)
強い少女達に期待を寄せていた。
麻耶は先程のように、一言放つ。
「……馬鹿」
再び周が反応するが、彼が何か言う前に麻耶は匠に詰め寄った。出会った時とは明らかに違った表情に、匠はたじろぐ。怖がりな少女ではなく、確固とした怒りを抱く少女が、そこにいた。
「貴方ねぇ、何てこと言うのよ!」
「はぁ?」
「誰でも怖いの当たり前でしょう!?」
さすがに掴みかかったりはしないが、暗闇に浮かび上がる少女の顔には迫力がある。思わず後退り、相変わらず反論できない。
「そ、そうだけど……」
「分かってるフリしても、分かるんだからね! これは脅迫と一緒よ!」
「う……」
「貴方は分かってない! いくら背が高くたって、強がってたって、本当に怖くないなんてことはないのよ!」
「え……あ……」
「それは貴方が分かってないといけないのに! 背の高さとその人の内面は違うって、分かっているハズなのに!」
「…………」
いつもなら怒りが湧き上がる。背が高いだの低いだの、関係ないじゃないかと叫びたくなる。しかし匠は、今回はそう言えなかった。
少女は正しいことを言っている。
とても大切なことを言っている。
だから、声が出ない。何もいえない。
「それなのに分かっていないから、貴方は馬鹿なのよ!」
「……麻耶ねーちゃん、凄い……」
呟く周の言葉も耳に入らない。
「それに、周君はまだ小学生なの! 中学生以上に怖いの! 人をからかうなんて……!」
そこまで言った途端、麻耶は顔をおおうようにして駆けていってしまった。秦が「麻耶!」と追っていく。匠はうつむいて、身じろぎせずに立っていた。
「あの……何があったんですか?」
全く理解していない表情で、瀬奈が美亜に尋ねた。美亜は困ったようにしながらも詳しく答えている。周は一人思う。
(麻耶ねーちゃんも凄いけど、瀬奈ねーちゃんも相当強者だよなー)
やはり、男は弱く女は強いのだ、と実感する周であった。
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