1.旅立ち-2
ある月曜日、その家に二人の子供だけが居た。
「ごめんね、今日学校休ませちゃって。」
もう昼近くなのに、桃色のパジャマのままで椅子の上に少女が乗っている。その少女の質問に、冷蔵庫の中から牛乳を取り出している少年が苦笑いしながら
「別にいいって。僕だってあんな奴らのいる所なんか行きたくなかったんだし。」
と答えた。
「なら行かなきゃいいんじゃない?」
「そうもできないよ。勉強もなかなか分かんなくて」
「あーゆーのは、教科書とかノートとか見ながらやればいいんだよ、あとは練習練習。」
「え゛―――」
そのうち、その少女――麻耶があくびをしながら
「昼寝でもするかぁ…」
と言って、
「おもしろいこともないしなー。」
と少年――秦が賛成して、麻耶は椅子から「とう」と声を上げながら飛び上り、走って、秦はそれをおうように早足で部屋に向かった。
ところで、2人は双子だ。それで今は中1だ。普通は部屋が分かれるころだが、この家では親の帰りが遅くて新しく部屋を使わしてくれとたのむひまがない。
したがって、2人はいまだに同じ部屋を使っている。いい年の娘と息子がいるんですからお母さん。部屋くらいは別々にした方がいいと思いますよ?by作者
しかしそんな状態でもあいかわらずのほほ〜んとした感じの会話がかわされていた。
「なんかさー幼児番組てさ、パターン決まってるよねー」
「そうか?」
「えー? たとえばさー、なんつーか…水戸黄門的な?」
「なんじゃそりゃ。」
「必ず最後はハッピーエンドーみたいな?」
「ははは…。そーゆーもんかな?」
「そーゆうもん! あとさ、なんでそーなんの。みたいなさ。」
「あー…。たしかに。」
麻耶、ぐっとこぶしをにぎって力説。
「はっきり言って、つっこみ所多すぎだと思うんだよね。」
「麻耶、それ言っちゃ終わりだと思うけど?」
なぜ話題が5時代くらいに某チャンネルでやってる複数の番組なのかは、あえてつっこまないでおくことにしよう。
とりあえず、寝るために上がってきたのだし、眠いのには変わりない。麻耶はすでに乗るとギシギシいうようになっている2段ベッドの上の方に布団を敷こうとした。
その時、
リィー…ン…
鈴の音のように透き通っている、現実味の無い音が麻耶の耳に入った。
「…はれ?」
麻耶は、頭上に疑問符を浮かべながら、2段ベッドのはしごを降りた。
「? どした?」
下のほうのベッドに、すでに布団を敷いてその上に座っていた秦が、はしごからおりてくる麻耶を見上げながら聞いた。それに、麻耶が、
「んー? いまねー…」
と答えようとした次の瞬間、
リィーン…
今度は前よりも少し大きな音が秦の耳にも届いた。
麻耶が最初に聞いたものよりも、少し現実味を帯びた音が。そして、
「…この音が…さっきもこの音が聞こえたの…」
「…麻耶?」
少しずつ、瞳から輝きが失われていく。それに危機感を感じた秦が麻耶に声をかけたが、その声も麻耶には聞こえていなかった。
リィーン
また、鳴った。
さっきのものよりも、さらに現実味を帯びた音が。
そしてその直後、2人の眼前に黒い渦が広がった。
すべてを飲みこんでしまうような、黒い渦が。
麻耶は、その渦に向かって不確かな足どりでふらふらと歩いていった。
「おい、どうしたんだよ!! 麻耶!!」
あわてて秦が麻耶の腕をつかむが、
「…もう、こんな所には居たくないの…」
虚ろな表情で言われたその言葉に、秦は一瞬手の力をゆるめてしまった。
「ここは私のいる世界じゃない…。私はこの世界の住人じゃないはずなの…」
麻耶はその黒い渦に向かって歩いてゆく。麻耶の言葉に、ただ呆然となっていた秦は、あわててその後を追った。そして、麻耶の
「私達は…ここに居ちゃいけないんだ…」
という言葉を最後に、2人の姿は黒い渦にのまれた。
2匹の獣が、対岸に流れついた――…
鈴の音が聞こえた――――