2.出会い-1
何処だ……此処は?
真っ暗だ……。
ああ、解かった。
黄泉の国だ。あるいは冥界だ。
だって、そうだろ?
俺は死んだんだから――。
およ?
手足が……在る、動く!
どういうことだ?
体ごと死の世界にくるわけないし……。
錯覚かな?
あ――まぶたが開く。
其処は、緑の草原だった。
匠は起き上がり、辺りを見回した。
広がる草原、其の向こうには濃い緑の森があった。其れと反対の方向には崖があり、さらに其の向こうに青々しい海。頭上には透き通るような空。
「…………は?」
天国と見違えるようだった。
「マジかよ……ぜってー日本じゃねえし……じゃあ何処だよ? まさかマジで天国とか? ありえね――!!」
周囲に人影がないので、匠は思いっきり吠えた。吠えてやった。――誰に向かってなのかはあえて気にしない。
海から吹きつける潮風が、匠の頬を撫ぜた。匠は海に行ってみることにした。
――といっても。
「飛び降りて――平気かな?」
第一の難関。崖というミッションがあった。
まあ、いいか。
どうせ、死ぬつもりだったんだし。
こういう綺麗な所で死ぬのも良いよな。
そう思った匠は、崖のふちギリギリまで寄って、其処からぴょんと足を離した。
落下。
「わああああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁ――」
意識していたせいか。異様なほどの恐怖感が、匠を貫いた。匠の悲鳴が木霊する。
(落ちる!)
『フィーバだ』
『フィーバ、フィーバ』
『帰ってきたんだね』
『わあ……良かった!』
高い声が、いくつも匠の耳に届いた。そのとたん、彼を風が包み込んだ。
「あぁぁ――んあ?」
悲鳴を途切れさせた匠を、ヒュンヒュンと音をたてて潮風が取り巻く。匠の落下速度は急激にダウン。結果、匠は難無く地面に降りた。
「ふうぅぅぅ――」
大きな溜め息をつく匠の耳元で、再びあの高い声がした。
『お帰り、フィーバ』
『待ってたんだよ』
『フィーバがつれてかれてから』
『ずっと、ずうっと、ね!』
「あ、そなの? よくわかんねえけど、その“フィーバ”っつう奴に会ったら、待ってるってこと伝えといてやるよ」
と匠は理解したが、
『フィーバ?』
『記憶でも、失くしたの?』
『貴方の名前、フィーバだよ?』
「は?」
俺がフィーバだと?
笑わせるな。
俺は五十嵐匠だ。
『つれてかれた』ことなんて――あるか。職員室になら。
兎に角、俺の名前はフィーバじゃ、
――え?
フィーバ。
何処か懐かしい響き。
かつて自分は、“フィーバ”と呼ばれていた。
――
困惑し、真剣に考え始めようとして、はっとする。頭を振り、声達に言う。
「ま、兎に角さんきゅ」
彼らはクスクス笑った。笑い声が、耳に届いた。
『フィーバに使えるのが、役目だもん』
『フィーバを助けるのが、当然でしょ?』
ヒュン、とやさしい風が吹いて、気配が遠ざかるのを感じた。匠も何処かやさしい気持ちになって、微笑みを浮かべた。
「さて」
呟いて海の方向に目をやった匠は、続いて其れらを見つけ、驚いた。思わず息をのむ。思考が半分停止していたが、体は勝手に動き始めていた。
(何故こんな所に)
必死の形相で駆け出す。
(人が!?)
波打ち際。其処に、二つの影が横たわっていた。匠は其れを見つけ、驚愕し、駆け出していた。
「おい! 大丈夫か!?」
一人は少年、もう一人は少女。似たような顔つき、背をしていた。匠はまず少年のほうを助け起こした。
「しっかりしろ!」
叫びかけると、少年のまぶたがヒクヒクと動き、開いた。
「麻耶!?」
少年が突然状態を起こした為、驚いた匠は飛び上がって、後ずさった。少年は匠には目もくれず、少女へ向かってはっていった。
「麻耶! 麻耶!!」
匠は驚きからさめて、少年の元へ歩いて向かった。少年へ話しかける。
「其の
そこで初めて匠の存在に気付いた少年は、はっと顔を上げた。少年は目を見開いた。
「そうですけど……此処は何処ですか? 貴方は誰ですか?」
しまった。匠は自分を責めた。初対面の奴にいきなりあんなこときかれたら、誰だって不審に思うよ! 馬鹿だな、俺!
「あ、えーと……俺は……五十嵐、匠。誰かにはフィーバとか呼ばれるけど、匠って呼んでくれ」
「僕は……秦です。如月秦。こっちが麻耶。よろしくお願いします」
少年――秦がペコリと頭を下げた。匠も其れにならって頭を下げた。
「兎に角……麻耶! 起きて! 麻耶!」
「麻耶ちゃ……さん、麻耶さぁ〜ん!」
「麻耶! 麻耶!」
「……ん、ん……う?」
少女・麻耶が瞳を開いた。其の瞳に秦の顔が映り、
「し、秦!? どうして……」
「だ、だって麻耶、ふらふらしてたし、半分意識、とんでたろ?」
「え、え? そ、そう、な、何のこと?」
「心配したんだぞ」
「う……うん……」
「ほら、立って」
秦に支えられながらも、麻耶は立ち上がった。其の時になって、匠は少女がピンクのパジャマ姿であることを認識し、目をそらす。
麻耶も匠を視界にいれ、
「――!」
とても、実に素早い動きで、秦の背後に隠れた。ガタガタと、全身を震わせて。秦の肩を掴む細い指は、蒼白になる程の力が入っていた。
(怖い……)
匠のほうは少女の行動に戸惑い、焦り、オロオロと辺りを見回した。
「え、え、え……!?」
(え、麻耶さん、どうしたの、俺のせい? 俺のせい? 俺、何かやった――!?)
秦はクルリと振り返り、麻耶をなだめるように言った。
「大丈夫。此の人は平気だよ。僕達を助けてくれる」
(いや〜、助けるっていうか……期待しないでくれ、むしろ俺のほうが助けてほしいけど……無理だよなあ)
「嫌……嫌……! 怖い……」
頭(かぶり)を振る麻耶を、秦は一生懸命に諭(さと)す。
「平気平気。大丈夫だって。麻耶は何にも悪くないから」
(そうそう。ちなみに俺だって、な〜んにも悪くないっ)
「だからなあ、……う〜ん……そうっ、あの人の眼を、よく見てみなよ」
「え……」
「ほら、眼を見れば分かる、っていうじゃん」
「……うん」