2.出会い-3
「なんでだよ!! どうして僕がこんな所に来てるんだよ!! つか、ここどこだ―――――!!」
周は歩く。ひたすらに歩く。どこへ向かっているのかは気にしない。なにせここは、どっちを見ても草原、草原、草原、ただひたすらに草原が続いているのだから。
あてもなく、どこへ行くでもなく、ただひたすらに歩き続ける。周が叫ぶたび、どこか遠くで鳥がバサバサと飛び立つ。しかし人は――――居た。
草原の中に、少女が二人、座り込んでいる。
人を見つけ、無人の土地ではないことを確認できた周は、微かに安堵した。そして、
「お―――い!!! どこにいるふたうおっ…!!!」
走り出そうとして、長い草につまずいて、思い切り転んだ。
二人の少女が、振り向いた。
「とりあえず、これからどうすっか……」
匠が、後ろにある崖に寄りかかりながら言った。
「そうですよね……。ここからは崖を登らない限りどこにも行けなさそうですし……」
秦が腕を組んで考え込んだ。
その後ろから、麻耶が小さく挙手した。
「なに? どうしたの?」
「あのー……ここで座っているだけよりは、ちょっと歩いてみませんか? せっかくこんなきれいな所なんだし……」
ただ、遠く澄み切った青空を見上げ、麻耶は言った。小さな声だったが、少し元気を取り戻しているようだった。
「……そうだな。ただじっとしているだけってのも無駄な気がするし。なにかあったら……しゃあないか」
どうせ、死ぬ気だったんだし。匠は、微妙にマイナス思考ながらも、明るい気分だった。
「じゃ、とりあえず道探しに行きましょうか」
秦が、立ち上がりながら言い、それに、
「いえっさー」
「おうっ」
と麻耶と匠が答え立ち上がる。そして、匠を先頭に、三人は歩き始めた……――
「初めまして」
「……はじめまして……」
最初に周に話しかけたのは瀬奈。足を草に引っ掛けたままの状態で話しかけられた周は、複雑な気分で答えた。
「大丈夫か?」
瀬奈のことに多少呆れつつ、美亜が手を差し出した。
「あ、はい」
「とりあえず起きたら? そのままだとこっちも話しづらい」
微かに苦笑しながら美亜が言った。周は、今の自分の状態を思い出し、あわてて起きて、服についた土を払った。
「私は藤川美亜。こっちは菊池瀬奈ちゃん」
美亜がてきぱきと紹介する。瀬奈は、どうも、と会釈した。
「君は?」
「僕は山口周。ちなみに小五」
――硬直。
美亜と瀬奈の絶句が、沈黙を作り出す。
その理由が分からない周は、不機嫌になる。ムッとして二人を見下ろす。
「何だよ」
「あの……周君……背、高いんだね」
彼を感心したように見上げる瀬奈。
瀬奈の思っていることが理解できた(というか顔に書いてあったので分かった)美亜と周は、思わず同時に溜め息をついた。
(瀬奈ちゃん……やっぱり……)
(この瀬奈とかいうねーちゃん、天然だろ?)
二人の溜め息の意味が読み取れない瀬奈は、それでもにこにこと笑っていた。
「……何かねーのかよー」
「十八回目」
「確かに、何も、ないですね」
ぼやく匠、カウントする秦、賛同する麻耶。彼らは随分と歩き続け、未だに何も見つけていなかった。
「――もーダメッ!」
最初にギヴアップした匠は、砂の上に転がる。そんな彼を見下ろす麻耶がボソリと。
「持久力ないんですね」
怒るかと思われた匠だったが、彼はなぜかしたり顔で、ウンウンと頷いた。
「そーなんだよー何か知らんけど体育はいつも4なのに持久走だけは駄目なんだよー」
俺は脚が短いからなーどーせ。精一杯伸ばしても長い奴らには敵うわけねーし。フン!
と、匠は自虐的に考えてみる。
「そーいやさ、お前ら何年生?」
背高いなー、とか思いながら訊く匠だったが、秦のほうでは背低いなーと思っており、興味もあったので、
「人に尋ねる時は自分から言うべきですよ?」
と返した。匠はぐっ、とつまった。秦に言い返されたこともあったが、自分の年を明かすのは背のこともあるので躊躇われる。それでもしぼり出すような小さな声で。
「……………………中二…………」
何とか聞き取った秦と麻耶は、
「え」
「中二!?」
一人は言葉を失い、一人は声をあげた。麻耶がうっそーと呟き、不機嫌になる匠。
「で、俺は言ったんだからお前らも教えろよ!」
恥ずかしいのを隠すように叫ぶ匠を見て、秦と麻耶は顔を見合わせた。彼らだからこそ伝わる想いで会話をして、手足をばたつかせる匠に向き直る。
「あの……」
「怒らないで、聞いて欲しいんですけど……」
「んあ?」
「「中一です」」
「ふぎえやあっ!?」
奇声をあげて起き上がった匠はあんぐりと口を開け、自分と秦・麻耶との背を比べた。低い。明らかに自分のほうが低い。
「ウ……」
「?」
くいしばった匠の歯の間から漏れた呻き声に、二人は首を傾げ、
「――ウガアアアアァァァ――ッッッ!!」
匠は吠え、秦と麻耶は思わず仰け反った。拳を握りしめている匠を見た二人は直感する。
(これは……暴れる)
その後の行動は素早かった。クルリと匠に背を向け、一目散に匠から離れる。頭が怒りに支配されている匠はそれに全く気が付かず、案の定暴れだす。麻耶がフッと漏らす。
「あの人……変。変だよ。優しいかと思ったのに、突然暴力ふるうの。おかしいひと」
暴力ではないのだが、秦は気が付かず。
「そうだな……五十嵐さんは、きっと自分の背が低いのが気に入らないんだよ。だから、年下の僕達が自分より背が高いのが嫌なんだよ」
たった一年の差なんだけどね、と秦は付け足しながら麻耶の背を叩いた。
「ま、いわゆるコンプレックス?」
「こんぷれっく……あ、コンプレックス、劣等感ってやつ?」
「そーそー」
「ヒステリー起こしたあの人、……怖い」
「そうだな。奇妙なんだよな」
未だ匠は暴れている。