2.出会い-4
「ふぎえやあっ!?」
という叫びが聞こえた。周が顔を渋らせ、
「今のは僕じゃないよ」
「当たり前だよ。こんな近くに居るのに」
「誰でしょうね、今の。何かあったんでしょうか」
「何かあったから叫ぶんでしょーがっ!」
真剣に悩み始める瀬名に、周と美亜がつっこむ。さらに、
「――ウガアァァァ――ッッ!!」
という、先ほどよりもすさまじい叫びがあり、三人は思わず耳をふさいだ。
「近所迷惑ですね」
「いや、人居ないから。僕達以外」
そういえば、瀬奈ちゃんって中……二ぐらいだよね、で、周君が小五……あれ? 瀬奈ちゃんは丁寧語なのに周君はタメ語。これって逆じゃん、普通? 美亜は思った。
「美亜さん?」
「え?」
ふと気付くと、瀬奈が自分をのぞきこんでいる。
「行っちゃいますよ、周君」
「ええええ――っ!?」
走る周が見えた。美亜は焦って、
「行くよ、瀬奈ちゃんっ!」
「はいっ!」
二人は周を追いかけた。
ピクリと麻耶が体を震わせた。
「ん? どした?」
秦が訊くと、麻耶は身をガタガタといわせながら、消え入りそうな声で囁いた。
「来る……三人、人が」
「人?」
未だ匠は暴れている。
「――海だ!」
走れるところまで走り、崖にたどりついた周が目にしたのは、青い海だった。
「気持ちいい……」
「おーい、周君!」
瀬奈をつれて、美亜がやってきた。
「速いよ……わあ、海だ!」
「綺麗ですねー」
視線を下に転じた周は、思わず、
「あっ!?」
と声をあげた。
「あ、ほんとだ」
まだ叫び続けている匠を他所に、崖の上を見上げた秦が声を上げた。麻耶は、またぱっと秦の後ろに隠れた。
「うがあぁあああああ」
ショックのあまり叫びつづけている匠は、崖の上の三人の視線に全く気付いていない。
「初めまして!! 僕、如月秦です!! こっちは、双子の妹で、麻耶っていいます!! あなた達は?? ここら辺に住んでいるかたですか!?」
崖の上にいる周、瀬奈、美亜に、秦は大声で声をかけた。何せここは何メートルもある崖の下、大声でなければ声は届かない。
その秦の質問に、
「私は藤川美亜!! ここに何で来たのかよく分からないけど! どこに行くにも人数が大いにこしたことはないと思うんだ! どう!?」
「だって。どうする?」
美亜の答えに、秦が後ろにいる麻耶に訊いた。相変わらず匠を無視して。麻耶は数秒悩んだ後、
「……さっきの人よりも頼りになりそう……」
と呟いた。
「で、五十嵐さぁん!! 五十嵐さん!! 聞いてますか!?」
「うがあぁぁあああ」
「五十嵐さぁん!! 他人の前でずっとそんなことしてるつもりですか!?」
秦の声に明らかな苛立ちがこもった。匠は、
「うがあぁああ」
と、全く気が付かない。ついに、
ピキッ
秦の額に青筋が立った。それを視た麻耶は軽くこめかみを押さえ、溜息をついた。
(秦がキレた)
そして、私にはもうどうにも出来ませんと言うように、あらぬ方を向いた。
叫び続ける匠に秦はツカツカと歩み寄り、
スパァ――ン!!
匠の脳天に渾身の力をこめた平手打ちをお見舞いした。
突然引っぱたかれた匠のほうは、頭を押さえて砂にうずくまった。
「……はぁー……」
麻耶は、また溜息をついた。
「テメェいきなり何すんだよ!!」
「君が人の話を全く聞いてないのが悪いんだろ!!」
ガバッと起き上がって吠えた匠に、同じ勢いで秦が返す。
「気が付かなかったんだからしょうがないだろ!!」
「あんなに声出してたのに気付かないほうがおかしいんだよ!!」
「だからってたたくことぁないだろ!!」
秦と匠の間を罵声が飛び交う。それを見ていた四人は、
「「「「はぁ――……」」」」
と一斉に溜息をついた。
「いいかげんにしろよ!!」
「それはこっちの台詞だよ!!」
……言い争いは、ただひたすらに続いていた。
とはいえ、大声で怒鳴りあっているため、三分もすると両者共に息切れしていた。
「ふぅー……」
にらみ合う二人に、このままじゃ話が進まないと判断した美亜が仲裁に入った。
「ほら、もういいだろ。それよりも、話を元に戻したいんだけど」
野良猫がにらみ合うように三秒ほどにらみ合った後、
「フン!!」
二人は正反対の方向に顔を逸らした。
「「「はあー……」」」
三人が盛大な溜息をついた。
「で、さっきのことなんだけどさ」
「はい?」
「一緒に旅するかってこと」
すると、珍しく麻耶が秦の後ろから小さく挙手し、
「あのー……この二人がすごく不安なんで……よろしくお願いします」
秦と匠が、ガンッとショックを受けたのを無視し、美亜が続ける。
「で、とりあえず合流したいんだけど。そっちに降りる道教えてよ」
すると、秦から二メートルぐらい離れて座った匠が、諦めたような感じで挙手した。
「あー……多分そこから降りちゃって平気だと思いますよ」
それを聞いた秦と麻耶が、
「えっ!?」
「君まさかあの上から来たんですか!?」
「あぁ……まぁ」
驚く双子と、
「あんたそれ常識として平気だって思うのか?」
「いや俺の時は平気だったんだって……」
呆れる周に、
「じゃ、いきます!!」
飛び降りようとする瀬奈に、
「うぁああ! 待った待った待った!!」
慌てて止める美亜。
匠と美亜は両者違う意味合いを持つ溜息をついた。
「んで、だ。本当にここから降りて平気なのか? どう見ても平気そうには見えないけど」
「人を信じないのはよくないですよ!」
「「「いや、そういう問題じゃないからっ!!」」」
ハズれた主張をする瀬奈に、匠・秦・麻耶の三人は、下から大声で叫んだ。瀬奈の反応はあらかた予想できるようになっていた美亜と周は、何も言わない。むしろ無視して、美亜が話を進める。
「とにかく、どうするの?」
「一応、無事と保証しとくよ!」
匠はあっけらかんと叫ぶ。
「なら、早く行こうよ」
ついていけねえ、という顔をした周が、一同を見回し、一度軽く溜め息をついてから、
「あんた、最初」
瀬奈を指差した。
指名された瀬奈は瀬奈で、
「あ、いいですよ」
深く考えずに首を縦に振る。
先の周よりも深い深い溜め息をついた美亜が、
「そういう周君が先にどうぞ」
澄ました表情で示し、周は大慌てに慌てた顔を真っ赤にさせ、
「なっなっなっ……!!」
「さっさ、早く行く!」
「うぎゃあーあああぁぁぁぁ……」
美亜は周の背を遠慮なく押し、彼はなさけない悲鳴をあげて落下。瀬奈に「瀬奈ちゃんも!」と言うと、自分も即座に飛び降りた。
「私が最初じゃないんですかあ……?」
と疑問を発した瀬奈も、何食わぬ顔でピョン、と二人を追った。
結果。
美亜によって強引に降りさせられた周は、無様にひっくり返り転倒。その後を追った美亜本人は、周のようにはならなかったはいいが周をクッションにして一命をとりとめる。瀬奈に至っては前二名とは正反対に、なぜか正座をして砂上に降り立った。
「っ……」
「いったあ〜」
「ふう」
絶句する周、うめく美亜、息をつく瀬奈。
その状況を引き起こした匠は、目を見開いて凍りついた。
「…………」
「君……」
「全然……大丈夫じゃないですよ……一人除いて」
双子の指摘に何も言い返せない。
「うわっ! ゴメン!」
美亜は慌てて周からどくが、
「…………」
すでに彼の意識はトんでいた。
「あっ、周君――!?」